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命のともしび

  • 2006/01/28 02:43
  • カテゴリー:価値観

Date: Sat, 28 Jan 2006 02:43:55 +0900

今朝9時ちょっと前の東京駅での出来事です。
(日付が変ったので昨日ですが。)

東京駅のプラットホームの階段を下り、キオスクなどの並ぶ構内地下道を歩いていると、片隅に警察官が3人うずくまっている。
なんだろうと歩みを緩め、目を向けると、どうやら警官の一人は倒れているおじさんに心臓マッサージをしている。
もう一人は人工呼吸を施しており、3人目は無線でなにやら話をしている。(救急隊の要請かな?)

でも、なんだか違和感を感じて周囲をしばし観察。。。

違和感というのは、こんな状況ならば、野次馬が集まって人垣ができてもおかしくないと思うのですが、誰も彼もチラッと見て、そのまま立ち去っていく。(1分間に数百人が通る場所です。)

その冷たい空気が違和感の元でした。
野次馬として覗き込むのが暖かいと言うわけではありませんが、人一人が死ぬか生きるかという状況で、大の男が3人がかりで魂をどうにかこちらの世界に呼び戻そうと必至になっている傍らを、コツコツという足音だけを残し、皆、通り過ぎていく。。。

何でだろう。
東京という土地柄、と言ってしまえばそれまでかもしれません。
今や、古くからの下町は少なくなり、日本各地から集まって来た人達の集合住宅がほとんど、となった街ではコミュニケーションは希薄となっていく。
でもそんなことは、数十年前から起きていたわけで、そんな理由では無いのでは?という更なる疑問。

どうなんでしょう?
余裕が無いのかな?

携帯電話やインターネットの普及によって、生活スタイルや仕事のやり方自体が変ってきている。
以前なら、タイムカードを押して会社を出てしまえば仕事からはほぼ完全に解放されたかもしれない。
自宅の電話で呼び出されると言うのはよっぽどの状況で、医者等を除けば、ほとんどの業種でそれほどの事はあまりなかったのではないだろうか。
固定電話よりも、より気分的にかけやすい携帯電話での呼び出しにしても、よっぽどのことがないと、普通は無いだろうし。

しかし、曲者はインターネットメール。(便利な分、曲者。)このメールは様々な仕事でも活用されている。
携帯電話に仕事のメールの転送なども簡単にできてしまうため、知らなければ翌営業日に対応していたことも、知ってしまったが故に、休日出勤などということもあるのでは無いだろうか。(むしろ、出勤せずとも自宅からメール等を使って仕事ができてしまうので、よりタチが悪い。)
「自宅なんかで仕事のメールを見なければいいじゃん」という話ではあるのですが、知ってしまったら対応せざるを得ないということもあります。(今、その仕事を片付けてしまった方が翌週の自分のためになるのなら、なおさらですよね?)

医者が自宅で「死にそうな患者のヘルプを求める他の病院からのメール」を見てしまったら、対応せざるを得ないという気持ちになる人が多いと思う。
私などでもメールを見てしまったから、休日でも対応してしまうということがある。
私の仕事は人の命には直接関係ないので、そのまま「翌営業日に対応」でも構わないのだが、状況が悪化するのが目に見えている場合はどうでしょう。
今対応すればそれほど大事にならないかもしれないが、翌営業日までそのまま放置しておいたら、相当なエネルギーが必要になりそうな場合ってありますよね?
いくら休みでも、チョコッとの仕事で済むならやっておこうかな、などと思ってしまうのです。

はてさて、長々と書いてきましたが、仕事のスタイルが変ることによって、仕事のスピードは早くなり、一人ひとりの守備範囲も広がり、責任も増加している。
そんな社会構造が人々を疲弊させているのかな?と思うのです。

疲れていても必死な毎日を送っていたなら、すぐ傍らで人の命のともしびが消えていこうと、直接自分に関係ない人で、しかも、警察官がきちんと対応しているなら、自分には関係ない、という気持ちになるのでは無いだろうか、などと考えたのでした。

この時代変化を、ただのストレス社会にしないためにはどういう仕事のやり方、考え方が自分にあっているのか?をよーく考える必要があるのかな?などと思うのです。
自分が疲弊、磨耗しないための方法論を、ですね。

ホリエモン逮捕

  • 2006/01/24 02:19
  • カテゴリー:価値観

とうとうライブドアの堀江社長が逮捕されたそうです。
もし、あなたがライブドア傘下の会社の社員であったらどうするでしょう?

度重なる企業買収で傘下の企業は様々な業種に及んでおり、あながちあり得ない話でもないですよね?
(消費者金融からマンション販売会社、下着の通販会社などもライブドア傘下ですし。)
好むと好まざるに係わらず、自分の関係する会社のM&Aは起きる可能性があります。
しかし、その本体の会社がおかしな事になったら。。。
(東証はライブドアを監理ポストに置く事を決めたそうです。)

負債を抱えて倒産というケースならあらかじめ社員にとっても覚悟があると思いますが粉飾決算などの話であると、経営幹部ならともかく一般社員にとっては寝耳に水となる可能性が高い。
ましてや傘下のグループ企業であれば、経営陣すら聞かされていないことがほとんど。

ま、そのままグループ企業全てが倒産というケースはほとんどなく、大規模なリストラクチャリング(首切りという意味ではなく本来の意味での「再構築」)が行われるわけです。
そんな時、あなたがその会社の社員だったらどうするでしょう?

1.じっと見守る
2.チャンスとばかり奮起する
3.見切りをつけて辞める

選択肢はだいたいこんなところでしょうか。
(ここから先は、科学的根拠のない戯言です。斜め読みしてください。)

さて、実際には起こってみないと何が結果として正解だったのかは、わかりません。
でも、一般的な傾向というのはあるだろうし、合理的に考えた確率の高い回答もあるのかもしれません。。
根拠もない経験則ですが、おそらく1を選ぶ人が一番多いのではないでしょうか。
「運を天に任せて」というのは言い過ぎですが、状況を見ながら「いける」と思ったら積極的に転じようかな、と思っているという人。

選びやすい選択肢ではありますが、この「いける」というのは具体的にどういう状況なのでしょう。
この、自分にとって「いける」という状況が、具体的に絵として頭に描けない場合は、「様子を見る」というよりも「待ちの姿勢」であるといえます。

多くの場合、ただ待っている人には大きなチャンスは降ってきません。
チャンスを掴む側の立場で考えるとわかりづらいですが、チャンスを与える側の立場に立って考えてみましょう。
(相手の立場で考えるのはセオリーですね。)

あなたはこの企業の再建を請け負った経営者です。
何をするかといえば、最初にこの企業の得手不得手を理解する。
(他社への優位性とか、業界でのポジションとか。)
そして、採算性の高い、あるいは将来性のある事業に人材を集中し、採算性の低い、あるいは将来性の薄い事業から撤退していく。
徹底的に無駄を省きスリム化し、人モノ金を強化部門に集中していく。
教科書通りだとこんなところでしょうか。

しかし、再建するのに最も重要なのは「人材の発掘」と「モチベート」だと私は思います。
数々の不採算リゾートの再生を実現している星野リゾートの社長もこの部分を重要視して成功している経営者のひとりです。
社員が変らねば会社は変わらない。
社員が変ると会社が変る。
企業は人なりとは良く言ったものです。

さて、話は戻り、あなたが再建を任された会社で人材発掘をします。
その時に先程の1.2.3.の選択肢のどの選択をする人を重要視しますか?
それが、恐らく最大公約数の回答でしょう。
辞めていく人にはチャンスを与え様がありませんが、じっと待っている人と、何かに奮起して前に進んでいる人との比較なら、答えは言うまでもありません。
まず、突き進もうとしている人を集めてから、それ以外の人を巻き込んでいく。
チャンスは大きいものや良いモノから売れていきます。
そして、後から参加する人はその売れ残りを掴んでいくわけです。
つまり、様子を見ながら待っていてもおいしいチャンスというのは降ってこないわけですね。

なんて考えるのですが、冒頭のライブドア。
以前はオンザエッヂという社名でした。
私が宝石業界からIT業界に転職したのが35歳の時。
今の仕事に就く直前、オンザエッヂの採用2次面接を受けていました。
当時の面接官の名前は忘れましたが「ずいぶんと若い部長さんだな」と思った覚えがあります。
私は最初に内定をもらった会社に入社するつもりでしたが、残念ながらオンザエッヂからは不採用の通知が送られてきたのでした。
(その次に面接を受けた会社に採用されました。)
もし、あの時、オンザエッヂに採用されていたら。。。

恐らく今と同様に、一所懸命、あの会社で働いていたことでしょう。
(よかったー。不採用で。ははは。)

人生において努力の占める割合は多いものの、偶然の重なりの上に成り立っているものでもあるのだなぁ、などと思う今日この頃です。

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東証とライブドア

ライブドアの粉飾決算を発端に東京証券取引所はえらい事になっていますね。
最も恥ずべきは東証のシステムのしょぼさ、です。
400万件を超える取引が発生した場合、システムのキャパシティーを超える為、取引を停止するとのこと。
インドの証券取引所では1000万件程度の取引ができるキャパがあるとのことで、それと比較しても能力は半分以下。

世界中の人から見たら東証なんていうのはいくつもある取引所の内の一つです。
大暴落などの緊急事態があった際に、自分の財産の保護を考えたら、システム的な問題で売買停止されるような市場に自分の財産を預けようとは思わないでしょう。
小泉首相にしても以前「2008年までに海外からの直接投資残高を現在の2倍の13兆円程度にふやす」等と言っていましたが、まったく逆の方向に進んでいますね。

東証にはどこまでその自覚があるのか?
恥ずかしいと思ったのは昨日、各証券会社へ出した「できるだけ取引をまとめて欲しい」との依頼。
これって、身近な例でいえば大規模スーパーで「レジの数が足りないので買い物は近所の人とまとめてしてね」というのと同じ事。
(あーはずかし。)

措置自体は仕方がないけど、記者会見などを見る限りでは、東証の社長?
(あのおでこに複雑なしわがあるおじいちゃん)は事の重大さを理解しているようには思えない。そこがもの凄く、不安感を煽ってしまう。

それはそうと、ライブドア。
粉飾決算疑惑が報じられて大暴落。
当のライブドアはともかく、IT関連の企業が軒並み売られた。

ライブドアって、IT関連とされていますが、実態はどうなのでしょう。
去年の12月のデータでは時価総額7512億円でした。
収益は100億近いとの公表。(粉飾かもしれませんが。)
言いたいはこの中身。

100億近い収益の内、その8割以上が買収した消費者金融と弥生会計で上げたものです。
インターネットのポータルサイトとしての収益は、収益全体のたったの3%程度でしかない。
これって、ジャンルで言ったら「貸金業」じゃないの?
(武富士とかアコムとかが会計ソフトを売っているのと同じじゃん。)

そういう意味では、IT関連として値を下げた他の企業にしてみると、とばっちりでしかないかも知れないですね。

昔はアダルトのポータルとして活躍していたライブドア。
もし、粉飾決算がそのとおりなら、万事休すかな。
(高い株価を維持する事で成り立っている企業なので、上場廃止されたら生き残るのは非常に困難。)

賄賂が少なかったから捕まったのか?(中国の贈賄容疑)

Fri, 1 Jun 2001 22:42:28 +0900

三井物産の契約社員と法人が中国で贈賄の容疑で起訴されたとか。
おどろきです。

世界中の発展途上国や社会主義国で活動する組織が、ある程度の規模の事業をする場合、賄賂をまったく使わないで成り立っているところがどれほどあるでしょうか?
貰う側も当然、贈る側も当然といったところがほとんどでしょう。
賄賂のない国なんて、一部の先進国だけです。
アフリカのほとんどの国、アジアのほとんどの国、南米のほとんどの国、東ヨーロッパ諸国の一部の国ではそれが実態ではないでしょうか。

みんながやっているからいいとか言ってるわけではありません。
良い悪いの問題ではなく、中国はどうしたのだろう?と思ったもので・・・。
日本の企業だからあえて起訴したのだろうか?中国内部での勢力争いが原因?中国という国自体が変りつつある?(←これはありませんね。)

宮崎さんちのつとむ君

宮崎勤被告の死刑がようやく最高裁で確定したそうですね。
18年前の事件ですが、覚えている方も多いと思います。
当時は今ほど変態やキチガイが多くなかったので非常に衝撃的な事件だったと思います。

小学生の女の子を狙った猥褻目的の連続誘拐殺人事件。
4人の幼い命を奪った宮崎は殺害した後、遺体をばらばらに切り刻み、あちこちに捨てた。
(一部遺体は遺族に送りつけたものもある)
取調べの中では「殺害した子供の両手を食べた」とも供述した。

そんな宮崎の死刑判決がようやく確定したのでした。

遺族にとっては気の遠くなるほどの長い年月であったことは容易に想像でき、この国の司法のあり方についても、考えさせられる事件だと思います。
司法のあり方というものは、国の社会秩序に大きく影響を与える問題です。(特に刑事事件は治安維持に大きく影響します。)

今回、長い長い裁判の中で最も審議されたのは「責任能力の有無」についてでした。
何故?や、どうやって?等よりも、正常か異常かの判断の繰り返しを16年もの間、繰り返してきた。(んな、あほな。)

刑事事件の裁判において、最も重要なのは、何をしたのか?が重要であり、行った事に対して今どう考えているのか?が重要な事だと、私は思います。

この国の法律ではキチガイの犯罪行為を罰することができない。
精神異常者の犯罪行為を罰することができないのなら、国民全員を定期的に精神異常者ではないかのチェックを義務付けるべき?!で、ないと私は怖くてこの国に住んでいれられない。
たまたま宮崎勤や松本智津夫が隣に住んでいるかもしれませんから。

最終的に死刑判決が確定したが、たしか現在の法務大臣は就任の時に「私の任期中は死刑の執行のハンコは押しません」と言っていたような気がする。。。(私の記憶が確かならば。。。。。)

ま、死刑囚はいつ執行されるか?という恐怖と毎日戦っている訳でその恐怖が長引けば長いだけ罪に対する償いにもなるのかもしれませんが。(死刑囚には執行の日付を事前には教えないらしいです。
だから、朝、コツコツという足音が自分の扉の前で停まらないことを祈り毎日を過ごす、とかという話を聞いたことがあります。)

ただ、宮崎の場合は判決を聞いた後も「何かの間違いだ」とつぶやき空想の中で生きているようなので、上記のような恐怖とは、縁が無いようなので性質が悪い。
ということで、一日も早い刑の執行を望みます。

あなたは和の人、洋の人?

  • 2006/01/01 05:10
  • カテゴリー:価値観

最近なんだか腹の調子が悪い。
ま、昔から私を知っている人にとっては、「そんなもん、今に始まった事ではないだろっ!」と言う話ではありますが。

かれこれ15年程前にインドから帰国後、1週間の隔離病棟入院以来、10年程の間は「いいうんち」を見るコトが稀でした。
(「いいうんち」とはソーセージ状の形で、水に沈み、色合い程よく、ずっしりとした質感が優れたうんち。反対に「良くないうんち」とは水状のうんちや、固体であっても水に浮いてしまうようなスカスカのうんちの事を言うのだ。)

ここ数年くらい割と調子が良いと思っていたものの、最近また調子が悪い。
朝食事をするとそのままトイレへ。
昼御飯を食べるとそのままトイレへ。
良くないうんちなのはわかるのだが、しかし、何かが違う。

何だろう?
何が違うのだろう?と考え続けて、ふと気付いたのが「うんちを直接見ていない」という事実。
10年以上前の私の周りには和式トイレが多かったのですが、その後、洋式トイレばかりになっています。
これが大きな原因でうんちを直接見る機会が減ってしまった。

和式であれば底面積が広く深さが浅いので上にペーパーを捨てても色や形の確認ができるのですが、様式だと底面積が狭く深い。
そのため、ペーパーをのせてしまうと見えなくなってしまうのです。
それ以前の話として、水の中にすることになるので、よく見えない。

今日の奴は「いい奴」なのか「よくない奴」なのか?
「良くない奴」なら、どれ位の程度で良くないのだろうか?

以前なら「やべ、血が混じってる」とか「あー真っ黒だ、また胃潰瘍かな」とか「とうもろこしがそのまんま、もっとよく噛んで食べなきゃ」などと健康状態が見えたものですが、最近は全然わからない。
拭いた紙についたもので判断するだけなのだが、ウォシュレットだと、それすら見えない。(汚いなんて言わないでね。そもそも人間なんていうのは、ゲロとうんちのまわりにまとわりつく肉片に過ぎないのよ。。。)

でもねー、洋式に慣れてしまうと和式はつらいのねー。
足は痺れるし、お腹はきついし(単にお腹が出てるだけ)ゆっくりできない。
まー、洋式はお尻で蓋をしているので臭いが広がらないという利点もあるし。

で、あなたは洋式派?
それとも和式派?

日本の地価はもう上がらない

Date: Mon, 17 Oct 2005 07:53:51 +0900

最近、街を歩いていると「テナント募集」とか「空部屋あります」の看板をよく見るような気がします。

調べて見ると2005年現在、660万戸の住宅が空家になっているそうな。
全国の世帯数から計算すると、なんと9軒に1軒が空家なのです。(不景気だから?いやいや、そんな簡単な話では、なさそうです。)

それなのに、新聞などでも報道されているとおり(というか、新聞の広告をみると、そんな状況は一目瞭然)新築マンションラッシュですね。
片や大量に在庫が余り、片や新築物件を大量に着工し供給している。

バブル後の「失われた10年」と言われている時期に企業や工場の倒産などで土地の持ち主が変わってきている。
なかでも工場の閉鎖や海外への移転などの動きでまとまった土地が売りに出される機会が増えている。
こういった土地が以前の1/3とか、場所によっては1/10といった値段で売りに出されることによって、マンションなどの大規模開発がしやすい環境が整ってきているのだ。

首都圏で言えば新築マンションの着工件数は、過去5年間ずっとバブル期の倍以上を推移している。(戸建て住宅も倍以上の数字なのだ。)
こりゃ、凄い供給量だ。(ま、開発業者も走りつづけないとならない経営構造があるのだが。)

その背景にあるのは、異常な低金利が続いていることが一つの原因だろう。
住宅等の多額の借り入れを伴うことが多い市場は低金利だと活性化される。

2000万円を25年返済で借りると、金利が2.5%なら月々89.720_だが、5.0%だと116.920_になる。
頭金なしでも9万円なら家賃より安いですよ、などというキャチフレーズが生まれるわけだ。
(以前のように7.5%程度の借り入れ金利で計算すると、147.800_の支払いになるのだから低金利時代は割安感がある。実際には金利以外にも、修繕費や固定資産税も加算せねば賃貸との比較にはならないし、2.5%の25年固定金利ではないだろうから、そうはいかないのだが。ま、そんな話は今回の話題とは別なので、いずれの機会に。。。)

それに加えて「以前の1/3の金額です」などと言われると、めちゃ安!って感じもする。(しかし以前のって、バブルの異常な高値と比べても何の意味もないのだが。)
だから、バブルの頃の倍ほどの供給量が、なんとか支えられているわけだ。

統計によると、2006年には日本の人口はピークを迎え、減少に転じる。
人口減では、当然、長期的に住宅需要は減るわけだが、その上、少子高齢化の社会では、住宅需要と共にオフィス需要も減っていく。
オフィスや工場などの需要もますます賃金や物価の安い海外へ移転していく。
インターネットの普及などでは企業活動も効率化が図られ、これまでのように大勢の人間がひとつの場所で仕事をする必要もなくなっていく。
挙句の果てに、あと数年すると団塊の世代は定年を迎えるし。
これによって、大幅に就業人口の低下が進んでいくわけだ。

これらを考えると「不動産デフレ」は、かなり長い期間に渡って続くということが、容易に考えられる。(人口減による長期的需要の低下&ここ数年の大量供給)
つまり、この国の地価が再び上がることはない!(んー場所にもよるかな。でも一部の超便利な土地以外は上がらない。)

家賃相場などのキャッシュフローを考えた金額が適正だとすると、一部の中古不動産市場を除いて適正価格と言えるものは少ない。(利回り計算をしてマイナスになるような金額が適正とは思えない)
それを考えると、今なお、割高な値段でとどまっている新築マンションは金利が反転したら暴落するだろう。(単純利回りでも赤字がほとんど)
異常な低金利で買い支えられている今でさえ、需要に陰りが見えてきているのだから、なおさらだ。

こんな状況でじゃんじゃんマンションやらビル建ててしまって、この国は本当に大丈夫なのだろうか?
今でさえ、9軒に1軒が空家だと言うのに、この調子で開発を続けていき、しかし不動産需要はドンドン減っていき、異常な低金利が終わった時、、、その時は、空恐ろしい状況が目に浮かぶのだ。。。

産めや増やせやの年金改革

  • 2006/01/01 05:08
  • カテゴリー:政治

Wed, 24 Aug 2005 23:42:56

テレビをつけると世間は「選挙、選挙」で盛り上がっています。
発端は自民党の内紛ということで自民党ばかりがクローズアップされていますが、各党共にそれぞれ皮算用を働かせているようです。

そんな中、どっかのテレビ局が(どこだか忘れた)有権者500名に選挙に関連してどんな項目に関心があるかのアンケート調査を行ったところ、ダントツの第一位は「年金改革について」でした。

でも、あんまり「年金改革について」を喋る議員はいませんね。
有権者の関心と選挙に勝ち抜くことは別物ですからねー。あーやだやだ。

各党共に「年金一本化」とは言うものの、実際に「あー、それなら大丈夫そうだな。」と、思えるような案は出てきていないというのが現実です。

年金改革、、、あなたならどんな年金システムなら安心して支払いますか?

こりゃ、むずかしいですねー。
一旦、金を集めて、再分配というのはどんな仕組みにしたって効率が悪い。
よっぽどうまく運用して事務経費くらいはまかなわないと、集めた分よりも少なくなるのはあたりまえですから。
ということは、究極の合理的選択は「廃止」ということでしょうかね?
しかしねー、それも極端な話で。

こんなのはどうでしょう?
今の年金制度を一旦破綻させて、一から作り直すというのが前提ですが。

自分の支払う年金額が自分の親の受取額になる、というルールで運用します。
つまり、その人の子供が支払う額だけ、年金がもらえるという仕組みです。
(今のままでは一人の若者が数人のお年寄りを養うようになってしまうわけですから、それに比べたら支払う人にとっても大きなメリットがあります。)
運営費については、独立行政法人か何かを設立し、基金運用益で運営していくことにすれば、集めた金が目減りすることも少ない。

子供がたくさん年金を支払っている人は、自分も年金をたくさんもらえる。
あるいは子供がたくさんいる人は、子供達の支払った額の総額がもらえるのでたくさんもらえる事になる。
支払う方としても、自分の親が受け取るのであれば、支払うのが嫌だという人も減るではないでしょうか。

では子供のいない人はどうするのか?
この場合は年金を受け取れません。

ま、今の世の中、子供一人を育てるのに数千万円はかかると言われているのですから、子供がいない人は、その分、金銭的にも恵まれてきたわけで。
生活ができないとか、というレベルの場合は別の生活保護などの政策で対応すれば良いのです。
(生活保護も、仕事のできない老齢の方や障害者には手厚く、好きな仕事がみつからないから働かない とか、そーゆーわがままな人には、薄くしか支給しないよ。)

これで少子化問題も一気に解決だー。
こんな制度なら、10人兄弟の家庭を築けば親としても老後は安心ですねー。
(人口減少はイコール国力低下につながるのですから、国はもっと真剣に考えねばいけないのにねー。)

国民皆保険なんてー、

  • 2006/01/01 05:05
  • カテゴリー:経済

Tue, 15 Mar 2005 00:09:45

ようやく確定申告が終わりました。
毎年ながらいつもギリギリ。

しかしながら、この国は(前にも書きましたが)社会保険料が高いですね。
税額は他国に比べてそれほど高すぎるということはありませんが(高額所得者を除く)、いかんせん可処分所得が低い。
その元凶は住居費と社会保険料。

住居費は日本や香港などの狭い国では当たり前かもしれませんから諦めるにしても、社会保険料はこの国、独自の問題。

健康保険やら年金やら。
年金に至っては、我々の年代は(あんたとは年代が違うわいって?)払い込んだ金額を下回る受給しか受けられない可能性が高い。
健康保険も馬鹿にならない。
大して使わないのに、って、我が家は結構使っているが。。。

でもね、健康保険が強制って、何かおかしくない?(やっと本題。)
べつに医療費が全額自費負担か、3割負担が良いか?なんて、自分で決めれば良いことではないでしょうか。
要は一般的な保険に入るか入らないかを決めるのと一緒の話。

それに自費負担者が多くなると医療費は適正な金額になっていく。
今は保険でぼかされて患者には本当の値段がなかなか見えていないけど、これがガラス張りになるのです。

自費負担者が多くなると、ちょっと風邪ひいて診てもらっただけで「ハイ、1万円」って。おいおい、ふざけんなよって声をあげる奴が多くなる。
(自費負担者が多くなれば、本当の値段が見えてくるからねー。)
ろくすっぽ診断もせずに「ハイ、じゃ、いつもの注射打っといて」って看護婦に指示しただけで、患者と目を合わせて問診したのもたった数秒じゃんかよーって。

そうやって、医療の値段の歪みが明らかになっていく。。。

しかし、逆に、命を左右するような大きな手術などはできるだけ腕の良い先生にやって欲しいもので、当然、人気(実績?)があれば金額は高くなるわけです。
そうなると、合法的ブラックジャックが現れるかもしれません。

でもこれって、他の世界ではあたりまえ。
自分の家を設計してもらうのに、世界的に有名なデザイナーに頼むのと、無名の工務店に頼むのでは値段が違ってあたりまえ。
衣料品だって、仕立ての良いものに多くの金が支払われるのはあたりまえです。

でも、医療の世界では、近所の藪医者に行っても、有名大学病院に行っても金額は同じようなもの。(違うとしたら診療や薬が違うから金額が変わるのだ。)
これって、おかしい。

有能な医者はより多くの金を受け取れるようにすべきだし、無能な医者はできるだけ早く市場から退場して欲しい。(命を預けるのですから。)
カリスマ美容師はいるけど、カリスマ耳鼻科医はいない。
(診察代は高くても腕は確か、という意味で。)
「カリスマ〇〇医」が出てくるほどの医療業界だったら患者にとって病院を選びやすくなることはいうまでもない。(患者のプライバシーの問題はありますが)

だからこそ、健康保険制度は強制では駄目なのです。
と、思うのだが。。。そう思わん?

もっとも、健康保険制度が強制ではない国では貧乏人は医者にかかれず、路肩で死んで行くことも多いわけで、、、この先日本の経済の2極化が進んでしまうと、何とも言えませんが。。。あっちょんぶりけっ。

「好きな仕事」って。。。

  • 2006/01/01 05:03
  • カテゴリー:価値観

Sun, 1 May 2005 21:15:22 +0900

「好きな仕事をする」「好きなことを仕事にせよ」
世間では、こういった言葉をよく聞きます。
現実としてどれだけの人がこれを実現できるのでしょう?
そして、どうしたらそれが実現できるのでしょう?

昔から「好きなことを仕事にする」という考え方はあったにせよ、生活をしていかねばならないという現実とのギャップの中で、"あえなく"その夢を捨てて?
今、目の前にある仕事に立ち向かっていく、という人が多かったと思います。
それは今ほど豊かではなく、明日の生活を守らねばならなかったから、余計に。

今の時代は生きていくためだけなら、やりたくない事はやらなくても生きていけてしまう。(とっても不幸だと思います。だからチャンスを失うと思うので。)

私は「人生に回り道はない」と考えています。
今はそれなりに好きな仕事をしている、と言えると思いますが、学生を卒業してから、ずっと今までどうだったのか?と聞かれると必ずしもそうではなかった。
いつも、「俺は本当は何をやりたいのだろう?」などと自問自答して生きてきましたが、やりたいことなんて、漠然としたかたちでしか存在せず、その漠然としたものでは実際には、食べていくことなんて、できなかった。

自分自身、必ずしもやりたい事ではなかったかもしれないが、その都度、やってきた仕事に対してはプロとしての自覚を持ち、真剣に取り組んできたと思っています。(それをして、金銭(=給料)を受け取るなら、立派なプロですから。)

それらの経験は、回り道にも見えますが、人は回り道をすればする程、人としてのキャパシティーは大きくなるのではないかと思います。(=人間力だと思う。)
だから、どんな経験も決して無駄にはならない。(現実から逃げて、楽な方、楽な方に埋没するのでなく、一所懸命にやったという経験は、どんな分野のことであっても必ず無駄にはならないと思う。)

むしろ、結果として回り道をした経験があるからこそ、好きなことを仕事にすることができるのだと思うのです。

最初から好きなことでお金を稼げる、なんていうラッキーはこの世の中にはほとんどありえない。(そんな人は、実はラッキーなだけではないのだが。)

むしろ、自分には向いていないという仕事でもプロとしての成果を出すことによって自分の「総合的な仕事力」がアップしていき、その「総合的な仕事力」が一定水準を満たしたときに、様々な分野での道が拓けてくるのだと思うのです。

学生から初めての就職、そんな時点で「好きな仕事」にこだわっても、「総合的な仕事力」がほとんど身に付いていないのですから、たいした仕事など、任せてもらえるわけはありません。
そんなギャップの中で「好きな仕事」にこだわればこだわる程、自分の道が狭まっていく。
挙句の果てには「転職を繰り返す」という程度ならまだましですが、「フリーター」「ニート」にならざるを得ないところまで自分を追い込んでしまう。

「今の自分は本当にやりたいことをしていない」というギャップを感じながらも目の前の現実にきちんと向かい合い、プロとしての仕事をまっとうすることにより、誰しも自然と「やりたいこと」に近づいていけるのだと思います。

いずれ必ずチャンスは巡ってくる。
しかし、そのチャンスが巡ってきた時に、それをチャンスだと認識できる自分、そして、そのチャンスを掴むことができる自分を作っておかねばなりません。
そうしないと、自分の目の前にあるチャンスに気付かないかもしれない。

そんなふうに生きることができれば、誰しもが、もっと楽に生きられるようになると思います。

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