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史上最悪のジェノサイドを行なった国はどこでしょう?

  • 2017/01/15 09:09
  • カテゴリー:価値観

さて問題です。
史上最悪のジェノサイドを行なった国はどこでしょう?

ルワンダ?
ナチスドイツ?
クメールルージュ?

彼らの虐殺が子供のように見えます。

そして、そのジェノサイドの舞台になった国は、虐殺者達を今、愛している。
教育とは怖ろしいものだと痛感します。

※戦争とは、兵士と兵士が戦うものであり、一般市民を殺すことは禁止されています。

以下は、産経ニュースからの引用です。

引用元:
http://www.sankei.com/premium/news/170115/prm1701150012-n1.html

 太平洋の戦場では米兵による残虐行為が行われました。初の大西洋単独無着陸飛行に成功した米国人チャールズ・リンドバーグは開戦後、民間人技術顧問として南太平洋の前線に派遣され、そのときの米兵の振る舞いを著書『リンドバーグ第二次大戦日記』に書きました。

 「わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。ところが南太平洋における戦争をこの目で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う」とした上で、米兵が日本兵の遺体から金歯を盗んだり、耳や鼻、さらには頭蓋骨を「お土産」として持ち帰った事実を紹介しています。

 日本兵の遺体の一部を持ち帰る行為は広く行われていて、米国の雑誌「ライフ」の1944年5月22日号には、若い米国人女性が前線のボーイフレンドから送られてきた日本兵の頭蓋骨をうっとり見つめながら礼状を書いている写真が掲載されています。

 ジョン・ダワーという米国の反日的な歴史学者でさえ、こうした実態を紹介した上で「もしも歯や耳や頭皮がドイツやイタリアの兵士から収集され、それが英米国内に報道されたならば、騒然たる状況を引き起こしたに違いない」と指摘しています。

 ドイツ人やイタリア人は同じ白人であり、人種的蔑視の対象ではありませんでした。ナチスの政治体制とドイツ人は分けて考えられていました。しかし日本人については国全体を人間ではない野蛮な存在とみなしていたのです。

 ルーズベルトが「日本人は頭蓋骨の発達が白人より2000年遅れているから邪悪なのだ」と大真面目に信じていたという話を連載の5回目で紹介しましたが、海軍提督ウィリアム・ハルゼーは「日本人は雌猿どもと、慈悲深い皇帝によって中国から追放された極悪の罪人たちとの交尾による産物であった」という「ことわざ」を信じていました。部下に対して「下等な猿ども」をもっと殺して「猿肉」をたくさん作れと督励しました。

 「良いジャップは死んだジャップ」とも公言しました。これは米国がインディアンを虐殺していたころの軍人フィリップ・シェリダンの有名な暴言「良いインディアンとは、死んだインディアンのことだ」をもじっています。米国人は対日開戦の半世紀前の1890年までインディアンの虐殺を行っていましたから、太平洋戦線の兵士たちは父や祖父から虐殺の武勇伝を聞かされていたのです。彼らにとって太平洋の島々は「開拓」すべき「フロンティア」であり、日本人はインディアンと同様、絶滅の対象だったのです。

 米国による残虐行為の最たるものが東京大空襲や広島、長崎への原爆投下など非戦闘員の大量虐殺です。

 米国は戦争が始まるとユタ州の砂漠に東京・下町の街並みを再現する日本家屋群を作り、ちゃぶ台の上にはしと茶碗まで置いて、焼夷弾の効果を確かめる実験を行いました。そうして完成したのがM69という、わが国を焼き尽くすための新型焼夷弾でした。江戸時代の大火が春に集中していたことを調べ上げ、1945(昭和20)年3月10日を東京大空襲決行の日に選びました。

 東京大空襲の約1カ月後の4月12日、わが国を戦争に追い込んだ米大統領ルーズベルトが死去し、後任に副大統領のハリー・トルーマンが就任しました。このトルーマンが8月6日に広島に、9日に長崎に原爆を投下した大統領になります。

 わが国の一部には「日本が侵略戦争を行い、ポツダム宣言を黙殺したから原爆を落とされた」という原爆容認論があります。広島の原爆死没者慰霊碑には「過ちは繰返しませぬから」と刻まれ、修学旅行でやってきた児童・生徒が「自分たちの祖先が悪かったから原爆を落とされたんだ」と反省しています。

 米国民の多くは「原爆投下によって終戦を早め、本土決戦で犠牲になるはずの100万人の米兵の命が救われた」という根拠のない「原爆神話」「早期終戦・人命救済説」を信じています。2007年には核不拡散問題担当特使のロバート・ジョゼフが「文字通り何百万もの日本人の命がさらに犠牲になるかもしれなかった戦争を終わらせたということに、ほとんどの歴史家は同意すると思う」と、米兵だけではなく日本人のためだったと恩着せがましく語りました。

 わが国の原爆容認論、米国の原爆正当化論は、どちらもとんでもない話です。ルーズベルトは真珠湾攻撃2カ月前の1941年10月に原爆の開発を承認していました。ポツダム宣言が発表されたのは1945年7月26日ですが、トルーマンはその前日の25日に「広島、小倉、新潟、長崎のいずれかの都市に8月3日ごろ以降の目視爆撃可能な天候の日に特殊爆弾を投下する。追加分も準備が整い次第、前記目標に投下せよ」と命令していたのです。

 トルーマンはこの日の日記に「ジャップに対し、降伏し、命を無駄にしないよう警告の宣言を発するつもりだ。彼らが降伏しないことは分かっている」と書きました。ポツダム宣言とは関係なく原爆を落とすつもりだったのです。

 日記には「われわれは世界の歴史で最も恐ろしい爆弾を発見した」とした上で「ノアの箱船の後のユーフラテス渓谷時代に予言された火による破壊とは、このことかもしれない」との記述があります。これは、旧約聖書の「創世記」に登場する都市「ソドムとゴモラ」を指しているとみられます。

 ソドムとゴモラは同性愛などの退廃が神の怒りをかい、天からの激しい火によって滅ぼされたとされています。トルーマンは原爆投下を天罰と考えていたのでしょう。

 トルーマンは8月の2発に続いて、9、10、11月に3発ずつ、必要なら12月にも7発と、最大18発の原爆を投下するという軍部の計画を承認していました(1995年7月16日付ワシントン・ポストの報道)。

 現代史研究家の鳥居民氏は、ポツダム宣言はわが国が「黙殺」するように作られていたと論じました。ポツダム宣言の草案には、共同署名国としてソ連が書かれていましたが、トルーマンと原爆投下を強硬に主張する国務長官ジェームズ・バーンズはそれを削り、中国国民政府に差し替えました。わが国がソ連に和平の仲介を依頼していることを知っていたため、ソ連への期待を持ち続けさせようとたくらんだのです。

 草案には天皇の地位保全(国体護持)を認める条項もありましたが、それも削除しました。国体護持こそがわが国がこだわっていた降伏条件だったからです。

 そして、最後通告の公式文書だと思わせない形式にし、ホワイトハウスや国務省からではなく宣伝機関の戦時情報局から発表しました。

 広島と長崎に原爆を落とすまでわが国を降伏させないように、ポツダム宣言はできていたのです。米国は開戦前にわが国の戦争回避の努力を知りながら時間稼ぎをして追い込みましたが、戦争が終わるときも和平意図を知りながら引き延ばして原爆を落としたのです。

 もしドイツの降伏が遅くても、原爆はドイツに対して使われることはなかったでしょう。日本人に対する人種偏見があったからこそ恐るべき人体実験が行われたのです。

 トルーマンは広島に原爆が投下されたとき、ポツダム会談を終えて巡洋艦オーガスタで帰国する途中でした。将校から「原爆投下成功」のメモを見せられると飛び上がって喜び、「歴史上、最も大きな出来事だ」と言いました。

 トルーマンはルーズベルトに負けず劣らずの人種差別主義者でした。27歳だった1911年、後に妻になるベスに宛てた手紙にこう書きました。

 「叔父のウィルが言うには、神は砂で白人を作り、泥でニガー(黒人の蔑称)を作り、残ったものを投げたら、それが落ちて中国人になったそうです。叔父は中国人とジャップが嫌いです。私も嫌いです。たぶん人種的偏見でしょう。しかし私は、ニガーはアフリカに、黄色人種はアジアに、白人はヨーロッパと米国にいるべきだと強く信じています」

 原爆投下を受けて、全米キリスト教会連邦協議会のサミュエル・カバート事務総長はトルーマンに「多くのキリスト教徒が動揺している。それが無差別破壊だからだ」と電報を送りましたが、トルーマンはこう返信しました。「獣を相手にするとき、あなたはそれを獣として扱わなければならない。大変残念だが、それでも真実だ」

 戦後も「後悔していない」「全く心が痛まない」と繰り返し語りました。1958年のCBSの番組で、道義上の問題があるので決定は難しかったのではないかと問われると、「とんでもない。こんな調子で決めたよ」と、ボーイを呼ぶように指をパチンと鳴らしました。

=つづく
(地方部編集委員 渡辺浩)

*****引用ここまで*****

だそうです。
つづきが楽しみです。



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なぜ、中国は日本に嫌がらせをしてくるのだろうか?

先日の(2017年01月01日)読売新聞の記事によると「中国政府が日本の排他的経済水域(以下EEZ)の周辺などで海底地形の調査を行い、国際水路機関(本部・モナコ)の下部組織に対し、中国語による命名申請を2016年に活発化させていたことが明らかになった」らしい。

元記事:http://sp.yomiuri.co.jp/world/20161231-OYT1T50144.html




つまり、他国の領域に自分の国の名前をつけているわけだ。
これを嫌がらせと言わず、何と言うべきか?



これ以外にも、以前から中国は日本の沖ノ鳥島について「沖ノ鳥島は島ではなくEEZを認められない地形だ」と主張している。

沖ノ鳥島なんて、太平洋上にあって、日本海の向こう側の中国にはぜんぜん関係ないじゃん?
と、僕は思っていた。

なんで、言いがかりをつけてくるのだろう?と。


地図の向きを変えることで、見えてくること。

世界地図の東アジア部分を、中国を下にして見てみる。
日本人には見慣れない、地図がそこには現れる。

地図引用:http://www.aquanotes.com/asia/index.html
地図素材フリー(一部分を引用し、向きを変え国名を追記)



こうやって見てみると、確かに中国の海洋への出口は各国にふさがれている。

地図の左側を日本にふさがれ、台湾をはさんで、右側はフィリピンにふさがれている。
さらにフィリピンの隣には、マレーシアとベトナムにふさがれている。

日本や台湾、フィリピンが、重く、中国にのし掛かっている様に見えるのは錯覚だろうか?



物理的に船が通れる海域を考えてみると、台湾と沖縄周辺を通るか、フィリピンとベトナムの間を通るか、いずれかしかない。
ただ、フィリピンとベトナムの間を通っても、その先はマレーシアとインドネシアにふさがれている。



では、排他的経済水域(EEZ)を地図に重ねてみると、どんな地図になるのだろうか?

※ 排他的経済水域(EEZ)とは?



地図引用:http://redd.it/27fibu
「排他的経済水域を含めると、また違った視点で世界が見れる」より。



この地図には陸地が描かれていないので、普段見る地図とは、かなり違って見えるが、中国の周りを見てみると、完全に他国のEEZにふさがれてしまっているのがわかる。



上の地図とあらためて見比べてみる。
当然、陸地は船が通れないわけで、海洋部分に注目すると、さらに台湾と沖縄周辺の重要度が増すことがわかるだろう。



ところで、中国とはどんな国なのだろう?

ここで、中華人民共和国という国が、どうやってできたのかをみていきたい
(中国史に詳しい方は読み飛ばしてください。)



考古学的に確認されている、中国の最も古い王朝は、紀元前17世紀の「殷(いん)」だそうな。

その後、秦の始皇帝が現れ大陸を統一するも、わずか15年で滅びる。

のち、光武帝の後漢が現れるも、世は乱れ、三国志時代に突入していく。
この漢の時代は(前漢、後漢)今と同じように漢民族が大陸を支配していた時代だ。

今回のブログは中国史がテーマではないので詳しくは省略するが、中学の教科書で習った遣隋使とか遣唐使の時代を経て、元の時代にはモンゴル人に中国大陸が支配されたりしていた。



次に現れた王朝、清の時代に大陸を支配していたのは満州あたりを拠点としていた女真族だ。
(女真族とは、12世紀には金という国を作って宋に攻め込み、一時は中国の北半分を支配するものの、その後、モンゴル人に滅ぼされる。17世紀には後金が再結成され、明より独立した。)

ごく少数の女真族が圧倒的多数の漢民族を支配していた時代である。

女真族は漢民族を政治はもちろん、言論でも押さえつける。
女真族独特の辮髪(べんぱつ)と呼ばれる髪型などを漢民族にも強要する。
頭の後ろだけを長髪にして編みこんだ、いわゆる「ラーメンマンカット」です。(笑)

その後、イギリスとの2度の戦争に敗れ(アヘン戦争とアロー戦争)フランスとの清仏戦争に敗れ、日本との日清戦争に敗れて、清は衰退していく。

そこで出てきたのが、孫文という人。
漢民族である孫文が、中華民国をおこし、初代大統領に就任する。

袁世凱が裏切ったり、清朝では皇帝溥儀(ふぎ)が退位することなったりしているうちに、中華民国は分裂状態となる。
モンゴルやチベットが独立したのは、ちょうどこの時期です。



そしてヨーロッパでは、第一次世界大戦が勃発する。

この当時、日本はイギリスとの同盟関係にあった。
そのため、日本はこの同盟を口実に中華民国にあったドイツの基地を攻撃する。(ドイツは同盟国イギリスの敵国だ)

日本は第一次世界大戦の主戦場であるヨーロッパから遠く離れた地で、中国の利権を狙い無理やり参戦したのだった。

そして、第一次世界大戦の戦勝国となった日本は、中国大陸におけるドイツの権益を引き継ぎ、中華民国政府にも日本人顧問を採用させたりすることに成功する。
さらには、清朝最後の皇帝溥儀を担いで、満州国という傀儡政権を中国大陸に建国する。



日中戦争、太平洋戦争を経て、日本の敗戦。
中華民国は、棚ぼた式に日本の支配からは逃れることができたのだが、またまた、この国は内戦状態に陥る。



毛沢東の率いる共産党と蒋介石が率いる国民党は、日中戦争以前から戦っていたが、日中戦争が発生したため、一時休戦していた。
その休戦状態が、第二次世界大戦の終結後、内戦再開となったのだった。

結果、ソビエト連邦に後押しされていた共産党が勝利をおさめ、中華人民共和国が設立されたのは皆様のご存知の通りです。(国民党政権は台湾へ。)


長々と何が言いたいのか?(中国史の話はここまで)

大陸は何千年もの長い期間、群雄割拠が続き、様々な民族が支配し支配され、民族間で弾圧し弾圧されてきたということが言いたいのでした。

乱世に次ぐ乱世。
いわば、民族対民族の、戦いの歴史なんですね。
中国大陸の歴史は。



日本にも戦国時代はあったけど、長く徳川の江戸時代が続き、群雄割拠の戦乱状態とは、かなり違った歴史を歩んできました。

ましてや、日本の場合、民族間での滅ぼしあいとか、弾圧ということではなく、日本列島という閉鎖された土地の中で、大和民族内での覇権争いでしかなかった。

言い方を変えると、ひとつの王朝(天皇家)の元での派閥争いの歴史でしかなかったと言えるのではないだろうか?
そこには民族間の血で血を洗うような争いではなく、中国大陸に比べるといわば「内輪もめ」というレベルとも言えるかもしれない、と僕は思うのだ。

領民にとっては年貢の納め先が変わるだけで、敵対民族による弾圧があったわけではなかったのだから。



なので、国家としての考え方が、根本的に違うのも当たり前なのだと思うのです。



そして現代。
そんな長い戦乱の歴史の後にできた、中国大陸の統一国家が、漢民族による現在の中華人民共和国です。
これまでの歴史の通り、支配民族は他民族を弾圧していく。

漢民族の中華人民共和国は、中華民国時代に独立したチベットを侵略し併合する。(ダライラマはインドに亡命。)



さて、チベットの次はどこを狙うか?

北へ向かって、軍事大国であるロシアを苦労して攻略しても、そこにあるのは永久凍土のシベリアだ。
夏でも溶ける事のない分厚い凍土の下に資源はあるけれど、その開発には膨大な知恵と資金が必要になる。



では、西に向かうか?

そこにあるのは、砂漠の地。
古くから、シルクロードとして知られたルートですが、この地には果てしなく続く砂と土漠の通路があるだけ。(モンゴルさん失礼!)



そして手にしたチベットの先には、どんな土地があるのか?

そこには、ヒマラヤの壁がそびえ立つ。
遥かなる天然の要塞。(←つまり、行き止まり。)


つまり、主だった内陸の支配は、完了した。

四方に敵がいなくなった余力を、今後はどこに向けるのか?

それは、すなわち、海洋進出。


↑レゴの「海洋調査船」(笑)



冒頭で紹介した、二つの地図。

海洋を見てみると、サハリンから日本列島、南西諸島、琉球諸島の隣はすぐに台湾、そしてフィリピンまで、断続的に列島や島々が続いている。

海洋上のEEZは、びっしりとつながってる。



邪魔で邪魔で仕方がない。
この周辺の海には中国だけで独占できる海路がないのだから。
さらに言えば、他国の庭先(EEZ)を通らねば、どこにも行けないのだ!



これらの地図を見ていくと、尖閣諸島はただの無人島としての価値ではないことがはっきりとわかる。
さらには、この地域には海洋資源も豊富なのだが、長くなったので、今回はこの話は置いておく。 ^_^;

ある野党の党首が「無人島の尖閣諸島などは中国にくれてやればよい」と発言したことがあるが、彼はその重要性を認識していないのだろう。

そして、琉球独立運動に中国が積極的に力を注ぐ理由もわかる。



チベットの次は。。。



現実主義者の漢民族は、盗れるところから獲っていくだろう。

彼らは単なる嫌がらせをしている訳ではないのである。



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■参考資料
わかりやすい中国の歴史
http://www12.plala.or.jp/rekisi/tyuugokurekisi.html

キングダムから三国志まで】3分でわかる中国の歴史
http://rekijin.com/?p=9832

■参考動画
「逆さ地図から日本を見てある事に気付いた・・・」
https://www.youtube.com/watch?v=2suyzuy7T3w&feature=share








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