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宮崎さんちのつとむ君

宮崎勤被告の死刑がようやく最高裁で確定したそうですね。
18年前の事件ですが、覚えている方も多いと思います。
当時は今ほど変態やキチガイが多くなかったので非常に衝撃的な事件だったと思います。

小学生の女の子を狙った猥褻目的の連続誘拐殺人事件。
4人の幼い命を奪った宮崎は殺害した後、遺体をばらばらに切り刻み、あちこちに捨てた。
(一部遺体は遺族に送りつけたものもある)
取調べの中では「殺害した子供の両手を食べた」とも供述した。

そんな宮崎の死刑判決がようやく確定したのでした。

遺族にとっては気の遠くなるほどの長い年月であったことは容易に想像でき、この国の司法のあり方についても、考えさせられる事件だと思います。
司法のあり方というものは、国の社会秩序に大きく影響を与える問題です。(特に刑事事件は治安維持に大きく影響します。)

今回、長い長い裁判の中で最も審議されたのは「責任能力の有無」についてでした。
何故?や、どうやって?等よりも、正常か異常かの判断の繰り返しを16年もの間、繰り返してきた。(んな、あほな。)

刑事事件の裁判において、最も重要なのは、何をしたのか?が重要であり、行った事に対して今どう考えているのか?が重要な事だと、私は思います。

この国の法律ではキチガイの犯罪行為を罰することができない。
精神異常者の犯罪行為を罰することができないのなら、国民全員を定期的に精神異常者ではないかのチェックを義務付けるべき?!で、ないと私は怖くてこの国に住んでいれられない。
たまたま宮崎勤や松本智津夫が隣に住んでいるかもしれませんから。

最終的に死刑判決が確定したが、たしか現在の法務大臣は就任の時に「私の任期中は死刑の執行のハンコは押しません」と言っていたような気がする。。。(私の記憶が確かならば。。。。。)

ま、死刑囚はいつ執行されるか?という恐怖と毎日戦っている訳でその恐怖が長引けば長いだけ罪に対する償いにもなるのかもしれませんが。(死刑囚には執行の日付を事前には教えないらしいです。
だから、朝、コツコツという足音が自分の扉の前で停まらないことを祈り毎日を過ごす、とかという話を聞いたことがあります。)

ただ、宮崎の場合は判決を聞いた後も「何かの間違いだ」とつぶやき空想の中で生きているようなので、上記のような恐怖とは、縁が無いようなので性質が悪い。
ということで、一日も早い刑の執行を望みます。